目次
越境ECにおけるよくある商標権トラブル

海外市場へ進出する企業や個人事業者にとって、越境ECは大きなビジネスチャンスです。しかし、その一方でトラブルも多発しています。例えば、商標の先取りや模倣品の販売、さらには集団訴訟といった深刻なリスクが存在します。
本記事では、越境ECにおける商標権の基本、よくある侵害事例、そして事業者が取るべき対策と対処法について解説します。
越境ECにおける商標権の基本

商標権の「属地主義」
商標権は「属地主義」に基づいており、各国ごとに商標登録が必要です。日本で取得した権利は海外では自動的に保護されず、進出先で商標を取得しないと他社に先取りされる可能性があります。実際、調査では64.4%の事業者が進出国で商標登録を行わず、そのうち41.6%が後悔しているという結果も出ています。
模倣品模造品の問題
越境ECでは模倣品や模造品が多く出回り、正規品と誤解されて販売されることがあります。これにより、企業ブランドの信頼が損なわれるだけでなく、消費者トラブルにもつながります。特に中国では、漢字、カタカナ、平仮名、アルファベットの表記がそれぞれ非類似と判断されるため、同じブランドでも全表記を登録しておかないと他者に権利を奪われる危険があります。
さらに、模倣業者が不正決済を利用して商品を入手し、その情報をもとに模倣や商標登録を行うケースも報告されています。不正決済対策の導入は、商標権を守る上で効果的です。
越境ECにおける商標権侵害の事例

1.中国における商標の先取り
中国において、日本企業より先に現地企業や個人が商標を登録してしまうケースが報告されています。
- 影響例:日本の人気ブランドが現地で販売できず、ECプラットフォーム上でアカウント停止のリスクが生じます。
- ポイント:商標登録は日本だけでなく、中国米国など進出予定国でも事前に行う必要があります。
- 実務対応:出店前に現地の商標登録状況を調査し、必要であれば弁理士や専門家と相談して取得手続きを進めます。
2.模倣品の流通
越境ECでは模倣品やコピー商品が流通しているケースがあり、正規品と誤解されて販売されることがあります。
- 影響例:正規品の売上が減少したり、ブランドイメージが低下したり、消費者トラブルが発生することがあります。
- 具体的な事例:日本企業の商品を模倣した業者がAmazonやAliExpressで販売し、正規品と区別がつかないようなケースもあります。
- 対応策:越境ECプラットフォームの権利者保護ツールを活用して、模倣品を定期的に監視削除します。また、商品情報を詳細に登録し(型番、写真、ロゴの正確な表示など)、正規品との差別化を図ります。
3.米国での集団訴訟リスク
米国では商標権侵害を理由に、越境ECサイト経由の販売者に対して毎月100件以上の集団訴訟が提起されています。
- 特徴:必ずしも販売者が悪意を持って侵害しているわけではなく、誤認や並行輸入によるリスクも含まれます。
- 影響:訴訟が起きると、アカウントの凍結や販売停止、損害賠償請求のリスクがあります。
- 対応策:販売前に商標登録状況を確認します。また、販売商品やブランド名に関する文書管理権利調査を徹底します。万一、訴訟が起きた場合には、現地の弁護士と速やかに連携して対応します。
越境EC事業者が取るべき対策

商標権侵害をしないための対策
1.進出国での事前商標登録
商標権は属地主義に基づいているため、進出先の国ごとに登録を行わなければなりません。
特に中国では「漢字」「カタカナ」「アルファベット」「ローマ字表記」がそれぞれ非類似と判断されます。例えば、日本で「さくら(SAKURA)」というブランド名を使用していても、中国では「桜」「サクラ」「SAKURA」をすべて別物として扱うため、一つでも登録漏れがあれば第三者に先取りされる危険があります。
さらに、ベトナムインドインドネシアといった新興国でも、商標権の意識が高まっており、登録を怠ると模倣業者に利用されるケースが増えています。進出前に各国の制度を調査し、可能であればWIPO(世界知的所有権機関)のマドリッド協定を利用して複数国に同時出願するのも有効です。
2.ブランド名商品名の調査
商標トラブルを避ける第一歩は「事前のネーミング調査」です。
他社がすでに登録しているブランド名や商品名を使用すると、知らずに侵害者になってしまう可能性があります。
- 商標データベースの活用:日本では「J-PlatPat」、中国では「中国商標局データベース」、米国では「USPTO」などを活用します。
- 検索のポイント:同一表記だけでなく、類似発音意味合いも確認することが重要です。
- 代替案の準備:候補のブランド名を複数用意しておけば、万が一登録済みだった場合にもスムーズに対応可能です。
特にファッション化粧品食品など消費者接点が多い商品カテゴリは、商標トラブルが頻発するため注意が必要です。
3.不正決済対策
模倣業者の中には、正規ECサイトから不正決済を用いて商品を購入し、商品情報やパッケージを盗用するケースがあります。
このような行為を防ぐには、以下の対策が有効です。
- 決済システムの強化:不正取引検知機能(異常アクセスの検知やカード情報のチェックなど)を導入します。
- 注文モニタリング:高額注文や同一商品の大量購入には警戒し、怪しい場合には購入者に確認を取ります。
- パートナーシステムの利用:不正決済防止機能を持つ越境EC支援サービスを活用します。
こうした仕組みを整えておくことで、商標侵害リスクの芽を事前に摘むことができます。
商標権侵害をされないための対策
1.主要国での商標保護
「国内で登録しているから安心」と考えるのは危険です。
越境ECでは中国米国東南アジアといった主要市場での商標保護が必須です。
- 早期出願:販売開始前に商標登録を済ませることで、模倣業者に先取りされるリスクを回避します。
- 多角的な表記登録:漢字アルファベットカタカナなど、可能な限り多様な表記で商標を登録します。
- 優先国の選定:売上見込みの高い国や模倣品が多い国から優先的に登録を行います。
2.模倣品監視
模倣品が出回ると、売上への打撃だけでなく、消費者からの信頼も失われます。
模倣品を早期発見するためには、以下の取り組みが効果的です。
- ECモールの監視:Amazon、Alibaba、Shopeeなどのプラットフォームで、自社ブランドを定期的に検索します。
- 専門サービスの利用:権利侵害を自動で検出する監視サービスを導入します。
- 顧客からの情報収集:どの国にどのリスクがあるかを一覧化し、戦略に反映させます。
3.情報収集と管理
商標トラブルの多くは「情報不足」から発生します。
進出国の法律や商標登録の状況を常に把握し、社内で一元管理することが重要です。
- 商標管理ツール:登録状況や更新期限を管理できるソフトを導入します。
- 模倣品の流通情報共有:現地代理店や顧客からの情報を収集し、社内でデータベース化します。
- リスクマップ作成:どの国にどのリスクがあるかを一覧化し、戦略に反映させます。
越境EC事業者が行うべき対処法

越境ECにおける商標権トラブルは、単に「侵害をした/された」だけではなく、販売継続やブランドの信頼に直結する重大な課題です。問題が発生した場合、以下のように迅速かつ段階的な対応を取ることが重要です。
商標権侵害をしてしまった場合
(1) 販売停止と情報整理
- 即時販売停止:対象商品の販売を中止し、商品ページや広告も非公開にします。
- 在庫隔離:倉庫や物流拠点で該当商品を隔離し、誤出荷を防止します。
- 社内報告:関係部署に速やかに共有し、二次的な販売や広告露出を防ぎます。
(2) 権利者との協議
- 事実関係の確認:商標登録証や侵害箇所を確認し、本当に侵害にあたるのかを精査します。
- 誠意ある対応:意図的でなかった場合でも、権利者への誠意ある謝罪を行い、解決を早めます。
- ライセンス契約の模索:ブランド力の高い商標であれば、使用許諾契約を結び、合法的に販売を継続できる可能性もあります。
(3) 専門家への相談とリスク回避
- 弁理士弁護士相談:侵害認定されるリスクや賠償額の可能性を確認します。
- 早期和解の検討:裁判に発展する前に和解案を提示し、費用や時間のロスを最小化します。
- 再発防止策:ブランド名や商品名を変更し、今後のネーミング調査体制を強化します。
商標権侵害をされた場合
(1) 証拠収集
- スクリーンショット保存:商品ページ、出品者名、価格、レビューを記録します。
- 実物の購入:模倣品を購入し、外観や品質を比較検証します。
- 公的証明準備:自社商標の登録証明書をすぐ提示できる状態に整理します。
(2) プラットフォームを通じた削除依頼
- 権利者保護制度の活用:Amazonの「Brand Registry」やAlibabaの「IPR保護システム」などに登録します。
- 一括削除申請:複数商品が出品されている場合は、まとめて申請できる仕組みを利用します。
- 定期モニタリング:削除後も同じ業者が再出品することが多いため、定期的に確認します。
(3) 侵害者への直接対応
- 警告書送付:現地言語で作成した警告書を送付し、法的措置に進む意思を示します。
- 交渉と和解:侵害者が小規模である場合、賠償よりも即時販売停止を優先して交渉する方が早期解決につながります。
(4) 法的手段
- 差止請求:販売停止を裁判所に命じてもらいます。
- 損害賠償請求:模倣品によって失われた売上やブランド毀損の補償を求めます。
- 刑事告訴:悪質なケースでは、偽造防止法や不正競争防止法違反として刑事告訴も視野に入れます。
共通して求められる「危機管理フロー」
(1) 初動体制の整備
- 社内マニュアル:商標トラブル発生時の対応フローを明文化します。
- 担当部署の明確化:法務EC担当物流担当の連携ルートを定義します。
- 外部パートナーリスト:弁護士、弁理士、現地代理人の連絡先を事前に確保します。
(2) 顧客対応
- 返金交換:侵害疑惑がある商品を購入した顧客に対して、速やかに返金や交換対応を行います。
- 告知文の発信:ブランドの信頼を守るため、必要に応じてプレスリリースや公式サイトで説明します。
(3) 再発防止
- ネーミング審査体制の強化:商品企画段階で必ず商標調査を行います。
- 定期的な商標更新:更新漏れにより権利が失効すると、第三者に悪用されるリスクがあります。
- 模倣品監視の外注:社内リソースで限界がある場合は専門会社にアウトソースします。
商標権トラブルは「発生後の対応スピード」と「平時の備え」で結果が大きく変わります。事業者は日頃から危機管理体制を整備し、万一の際には迅速に対応できるようにしておくことが不可欠です。
越境EC事業に関するお悩みは専門家にご相談ください

越境ECは、世界中の顧客に直接リーチできる大きな可能性を秘めています。しかし同時に、商標権をはじめとする知的財産権のトラブルは、事業に深刻な打撃を与えるリスクがあります。特に以下のような課題は、専門的な知識と経験がなければ対応が難しいのが現実です。
1.進出先での商標登録
商標権は国ごとに保護される「属地主義」が基本のため、日本で登録しているからといって安心はできません。
- 各国での出願方法の違い:国によって商標出願のルールは異なります。例えば中国では、漢字アルファベットカタカナなど、表記ごとに個別に登録する必要があります。
- 優先すべき国の選定:売上見込みや模倣リスクを考慮し、中国米国欧州東南アジアなど主要市場を優先して出願します。
- 出願ルートの検討:現地代理人を通じた個別出願か、マドリッド協定による国際出願かを比較検討します。
こうした判断には専門家の助言が欠かせません。出願のタイミングを誤ると、第三者に先取りされ、ブランドそのものを失う危険性すらあります。
2.模倣品対策
越境ECで避けて通れないのが、模倣品や海賊版の流通です。模倣品が出回ると、売上減少だけでなくブランド価値や顧客信頼を損ないます。
- プラットフォームへの削除申請:Amazonの「Brand Registry」やAlibabaの「IPR保護制度」などを活用します。
- 模倣品監視サービスの活用:定期的なネット監視やAIを用いた権利侵害検知サービスを活用します。
- 現地での差止請求や訴訟:悪質なケースでは、現地の司法手続きを通じて差止請求や訴訟を行うこともあります。
模倣品対策は単発対応ではなく、継続的な監視と権利行使の仕組み化が成功のカギです。
3.米国での集団訴訟対応
米国市場に参入する事業者が特に注意すべきなのは、クラスアクション(集団訴訟)です。
- 商標侵害だけでなく製品責任問題にも発展する可能性もあります。
- 巨額の賠償金や和解金を請求されるケースもあり、事業継続が困難になることもあります。
- 現地弁護士や保険の活用により、リスクを事前に軽減することが可能です。
日本企業にとっては馴染みが薄い制度ですが、米国ECに進出するなら避けて通れない課題です。
4.専門家に相談するメリット
以上のような越境ECの課題について、専門家に相談することで、次のようなメリットがあります。
- 最新の各国法令に基づく正確なアドバイスを受けられます。
- トラブル発生時に迅速に対応できる体制を構築できます。
- 将来のリスクを予防し、余計なコストや訴訟を未然に防げられます。
- ビジネス戦略に沿った知財活用(ブランド価値の向上、ライセンス活用)も可能になります。
越境ECの拡大は、ビジネスにとって大きなチャンスです。しかし、知財リスクを軽視すれば、せっかく築いたブランドや市場を一瞬で失う危険があります。専門家の力を借りることで、
- 進出国ごとに商標登録をしっかり行うことができます。
- 模倣品の監視を行い、発見した場合には速やかに対処することができます。
- 米国市場における特有の集団訴訟リスクにも備えることができます。
安心して海外市場へ挑戦するためにも、ぜひ早い段階から専門家にご相談ください。