目次
1.越境ECの新時代が始まった

ここ数年、世界の越境EC市場は急速に拡大しています。背景には、オンライン購買行動の一般化、SNSによる情報取得の多様化、そして国境を超えた物流インフラの発達があります。中でもアメリカは世界最大級の購買力を持ち、EC全体の市場規模は年間1兆ドルを超える巨大で国際的な消費市場です。
アメリカ市場は、単に規模が大きいだけではありません。多様な価値観を持つ消費者が存在し、新しいブランドやストーリーを持つ商品への受容性が高いことが特徴です。そのため、品質や独自性を強みとする日本やアジアのブランドにとって、アメリカは今なお非常に魅力的な海外市場となっています。
このアメリカで今、特に注目されている動きが TikTok Shop の急成長です。TikTokは、元々エンタメ性の高いショート動画プラットフォームとして若年層を中心に広がりましたが、近年では単なるSNSではなく、「視聴・共有・購入」までを結びつける新しい電子商取引プラットフォームへと進化しています。
従来のECは「検索して探して購入する」という形が主流でしたが、TikTok Shopでは 「偶然の出会いから購買につながる」 という流れが生まれます。
視聴者は、動画の中で紹介された商品に興味を持ち、そのまま画面上で購入できるため、購入動線が非常に短いという点が革新的です。
つまり、TikTok Shopは「ECサイトに来てもらう」のではなく、消費者がすでに滞在している場所の中で購買行動を完結させる仕組みを実現しているのです。これは従来のECの前提を大きく揺るがす変化といえます。
2.アメリカ越境EC市場の現状

アメリカのEC市場では、長らくAmazonが圧倒的なシェアを維持してきました。豊富な商品数、レビュー文化、迅速配送の仕組み、Prime会員によるロイヤルティ強化など、ユーザー体験を磨き上げたことで、消費者の日常購買の中心となっています。
しかし、アメリカの越境EC分野では状況が変わりつつあります。特に、日本・韓国・中国のブランドが直接アメリカの消費者に販売するケースが増加しています。
その背景には以下のような理由があります:
- アメリカの消費者がアジアブランドの品質とデザイン性を評価している
- SNSを通じて海外商品の認知が容易になった
- Shopifyをはじめとする自社EC構築ツールの普及で参入障壁が低下した
- 配送・通関・返品などの越境物流サービスが整備されつつある
しかし、参入が容易になった一方で、越境ECには依然として多くの課題が存在します。
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 配送コスト | 海外発送は国内発送と比べ高く、利益率に影響 |
| 関税・通関 | 商品カテゴリにより手続きが異なり複雑 |
| 返品対応 | アメリカは返品文化が強く、体制整備が必須 |
| 言語・カスタマーサポート | 「英語対応」だけでなく言い回しや文化理解が必要 |
| マーケティングローカライズ | 日本と同じ訴求は必ずしも刺さらない |
つまり、成功のためには 「商品が良いだけでは不十分」 であり、現地理解を前提とした戦略構築が不可欠となるのです。
3.TikTok Shopとは何か

TikTok Shopは、動画やライブ配信を通じて商品を紹介し、その場で購入まで完結できるEC機能です。ユーザーは、商品ページへ移動したり外部サイトに遷移する必要がなく、視聴から決済、購入までをアプリ内で完了できるため、従来のECよりも購買までの心理的・動線的負担が小さいことが特徴です。
これにより、「発見 → 欲求 → 購入」 が一連の流れとして滑らかにつながる、新しい購買体験が生まれています。
アメリカでは2023年に本格導入され、2024年以降に参入ブランド数と取引額が急激に増加しました。特に成長が顕著なカテゴリーは以下の領域です。
- 美容・スキンケア:ビフォーアフターの視覚訴求が効果的
- ファッション・アクセサリー:スタイリング提案と相性が良い
- 生活雑貨・実用アイテム:使い方を「体験として伝えられる」ためバズが生まれやすい
また、TikTokの最大の強みはレコメンドアルゴリズムの精度にあります。
ユーザーは「自分が検索した商品」ではなく、「自分の興味に近い商品」を自然な形で提案されるため、ブランド認知がほとんどない状態でも、商品が発見される可能性が高い点が、従来型ECと大きく異なります。
さらに、TikTok Shopはクリエイターとの連携(アフィリエイト)モデルを標準機能として備えています。ブランドは大きな広告費を投じなくても、相性の良いクリエイターが商品を紹介することで、実体験に基づく口コミ効果が生まれやすい仕組みになっています。
そのため、規模の小さなブランドやスタートアップでも、参入障壁が低く、成長余地が大きいプラットフォームといえます。
4.Amazonへの挑戦

Amazonは長年、「最も効率的で信頼できるECプラットフォーム」として市場を支配してきました。レビュー文化、ユーザーアカウントの蓄積、豊富な品揃え、そして物流ネットワークによる迅速配送は、他社が簡単に模倣できない圧倒的な強みです。
しかし、TikTok Shopは購買に至るプロセスそのものでAmazonと大きく異なります。
| 特徴 | Amazon | TikTok Shop |
|---|---|---|
| 役割 | 欲しい商品を「探す場所」 | 見ているうちに「欲しくなる場所」 |
| 体験の起点 | 検索・比較 | エンタメ・共感・発見 |
| 訴求力 | スペック・レビュー中心 | 使用感・ストーリー・リアルな体験 |
| 購買動機 | 目的型購買が強い | 衝動購買・共感購買が強い |
TikTok Shopは、動画を通じて「実際に使うとどうなるか」を具体的にイメージさせやすいため、感情に訴える力が強く、欲求が自然に喚起される導線設計がされています。また、TikTokは単なる動画アプリではなく、「エンタメ × コミュニティ × EC」が統合されたコンテンツ主導型の購買プラットフォームです。
Amazonも2023年以降、「Inspire」などのショート動画導線の導入で対抗を試みていますが、エンゲージメントの深さや「発見性」においては依然TikTokが優位と評価されています。
Amazonが提供してきたのは「必要な商品を効率よく探して購入する」ための最適化されたECビジネスモデルでした。一方、TikTok Shopは「見ているうちに欲しくなる」「体験に共感して購入が生まれる」ことを軸とした、感情起点の新しい購買モデルを構築しています。この2つは同じECでも、思想と体験設計が大きく異なるといえます。
5.消費者行動の変化

特にZ世代・ミレニアル世代を中心に、購買の意思決定プロセスは大きく変化しています。彼らは広告よりも、信頼できるクリエイターや一般ユーザーのリアルな声を重視します。
さらに、この世代にとって購買は「共感や自己表現の手段」でもあります。「この商品を選ぶ私はどんな価値観を持っているのか」という点が、購買行動に影響します。
Z世代に強い傾向:
- リアルであること(Authenticity)
- 体験を共有できること
- 限定性・トレンド性
- コミュニティとのつながり
TikTokはまさにこの文化と親和性が高く、「動画を通じて商品そのものではなく“体験”を伝えられる」点が、購入につながりやすい理由です。
そのため、TikTok Shopは今後、若年層を中心とした購買行動の主要なタッチポイントとして、ますます重要性を増すと考えられます。
6.日本企業にとってのチャンスと課題

アメリカ市場への越境EC展開は、日本企業にとって依然として大きなチャンスです。「Made in Japan」の品質は高い評価を受けており、TikTok Shopは若年層やニッチな市場へ直接アプローチできる手段となります。
特に、中小ブランドでも参入障壁が低い点は注目すべき特徴です。TikTokのアルゴリズムが自動的に興味関心のある層へリーチしてくれるため、広告予算が少なくても成果を上げる可能性があります。
とはいえ、課題が多いことも忘れてはいけません。物流や税務、現地法規対応、顧客サポート、輸入手続きなど規制対応を含む実務面は依然として複雑で、越境ECには多くのハードルが存在します。戦略的な活用方法の理解が重要です。加えて、現地インフルエンサーとの連携やコンテンツ制作など、マーケティングのローカライズも不可欠です。
日本企業が取るべき戦略:
アメリカ越境EC市場において成功するためには、単に商品を販売するだけではなく、現地消費者の価値観を理解した上で、ブランドストーリー・販売チャネル・コミュニケーション方法を最適化することが求められます。特にTikTok ShopやSNS主導の市場構造が拡大する中で、日本企業には従来の「製品中心」の発想から、「体験と共感」を軸とした戦略へシフトすることが重要です。
(1) 商品企画・PRに「物語性」を組み込む
アメリカの消費者は、単に「良い商品」であることだけでなく、その商品が生まれた背景や哲学、使う価値に共感する傾向が強いです。
特にZ世代は以下のポイントを重視します。
- なぜその商品を作ったのか
- どんな人が使っているのか
- その商品が生活や気分にどんな変化をもたらすのか
つまり、「スペック比較」ではなく「世界観の共有」 が購入動機になります。日本企業にとっては、「丁寧さ」「品質」「こだわり」は大きな強みであり、それを短い動画や言葉で伝えられるかどうかが勝負の分かれ目です。
(2) クリエイターと連携した販売導線の構築
TikTok Shopでは、クリエイターとのコラボレーションが最も強力な販売ドライバーとなります。
- ブランド自身が情報発信する → 認知拡大は限定的
- クリエイターが自然体で紹介する → 共感的な購入が起きやすい
中でも重要なのは、フォロワー数の多さではなく、視聴者との関係性の深さ(エンゲージメント)です。そのため、マイクロインフルエンサー、ニッチコミュニティの中心にいる人、購入体験を言語化できる解説系クリエイターなどとの連携が成果に直結します。
(3) ローカライズを「翻訳」ではなく「共感設計」で行う
アメリカ市場で支持される表現は、日本と必ずしも同じではありません。
例:
日本 →「高品質・信頼性」
アメリカ →「自己表現・ストーリー性・気分が上がる要素」
このため、キャッチコピー、ビジュアル、レビューの見せ方を現地文化に合わせる必要があります。
(4) 物流・配送・返品対応の最適化
越境ECでは、配送スピードと返品体験が顧客満足度を左右します。TikTok Shop × 現地倉庫は特に伸びているモデルです。
選択肢例:
| 方法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 日本から直送 | 初期コストが低い | 配送日数・送料が大きな課題 |
| 現地フルフィルメント(3PL)利用 | 配送が早く返品対応が容易 | 月額費用や在庫リスクが発生 |
| Amazon FBAを併用 | 信頼性と配送品質が高い | 手数料が高くブランド主導性が弱まる |
(5) 「ECサイト単体」ではなく「複数チャネル連動」の設計
アメリカでは、1つのプラットフォーム依存はリスクが高いというのが共通認識です。
最適な流れ:
TikTok(発見・共感)
↓
TikTok Shop / Amazon / Shopify(購入)
↓
自社EC(ファン化・繰り返し購入)
短期はTikTok Shopで売上を作り、中長期は自社ECでリピート顧客を育てることが理想です。ただし、その際は各プラットフォームごとのルールや利用規約に厳密に従う必要があります。特にAmazonでは、購入者を自社ECや外部サイトへ誘導する行為(商品同梱チラシ・メッセージでの案内・外部リンクの記載など)は規約違反となり、アカウント停止や出品制限のリスクがあります。一方、TikTok Shopでは直接的な誘導は避けつつ、プロフィールリンクやSNS連携などを通じてブランドのストーリーや世界観を発信し、自然な形でファン化を促す導線設計が有効です。各プラットフォームが求める「顧客はプラットフォームのユーザーである」という前提を尊重し、適切な形で導線を設計することが重要です。
7.専門家との連携が成功の鍵

TikTok ShopやAmazonを活用したアメリカ越境EC市場は、非常にスピード感のある環境です。トレンド、アルゴリズム、広告仕様、配送モデル、消費者心理は常に変化しており、昨日の成功パターンが今日も通用するとは限りません。
さらに、プラットフォームごとに「できること・できないこと」が細かく定められているため、誤った運用はアカウント停止や販売停止につながるリスクもあります。
そのため、以下の項目は運用開始前に必ず確認すべきです。
- Amazonでの外部誘導禁止ルール
- TikTok Shopのアフィリエイト運用ポリシー
- 州ごとの返品・キャンセル対応基準
- 海外配送時の関税・申告基準
そうした中で、越境ECに精通した専門家や、アメリカ市場を理解した現地パートナーとの連携は、ブランドが安定的に成長するための大きな支えになります。たとえば:
- 販売戦略の立案(どのプラットフォームで、誰に、どう届けるか)
- クリエイターやインフルエンサーとの連携構築
- 税務・関税・返品ポリシーなどの法規対応
- 現地物流(フルフィルメント)やカスタマーサポート体制
- 文化・トレンドに合わせたコンテンツ制作とコミュニケーション設計
など、自社だけではカバーしきれない領域を補完できます。
また、越境ECでは「短期的な売上」よりも長期的にブランドを信頼してくれる顧客を育てることが重要です。単なる“安く買える商品”ではなく、“選ばれる理由があるブランド”として市場に根付くことが、継続的な売上とファンを生み出します。
そのためには、短期(TikTok Shopでの売上最大化)、中長期(自社ECでのリピート顧客育成)という成長ステップを描きながら、各プラットフォームの規約に従う形で戦略的に導線設計を行うことが不可欠です。越境ECを成功させるためには、「売ること」だけでなく、「信頼を積み上げること」が何よりも重要なのです。
8.まとめ

TikTok Shopの台頭は、単なる新しい販売チャネルの出現ではなく、SNSが購買行動の主戦場となったことを示す大きな変化です。
Amazonが築いてきた「検索して購入する」ECモデルは、「コンテンツから商品を発見し、そのまま購入する」という新たな購買フローへと移行しつつあります。
アメリカ越境EC市場は今後も拡大すると予測されており、日本企業にとってはこの変化をどのように ビジネス戦略 に組み込むかが、成長を左右する重要なポイントとなります。
単に商品を輸出するだけではなく、現地文化・消費動向・クリエイター経済を理解した上でブランド体験を設計する視点が求められます。
そして、その第一歩を確実に踏み出すためには、越境ECに精通した専門家や現地パートナーと協力し、戦略的かつ段階的に市場参入を進めることが、成功への最短ルートとなります。





